信号機あれこれ
2008年01月29日(火) 01:02
普段気にしてませんでした…

 リンクを貼らせてもらい、いつもコメントくださっている、ドイツの天然ガスムルティプラ(珍しいです!)オーナーのpau pauさんのブログ『ムルムル〜なドイツライフ』。ドイツの話題を楽しく読ませてもらっております。で、1月27日の日記は『信号機』についてでした。その中に、「…信号機って、アジアでは横型が多く、欧米では縦型が主流なんだそう。雪が多い地方には縦型が多いらしいのですが、日本でもそうなのかな・・・?」と書いてありました。普段信号機か縦か横かなんて、あまり考えず運転しています。毎日信号機はいくつも見ているはずなんですが…。で雪国の信号機はというと…



やはり、確かに縦型ですね。


他は、というと、ほとんど信号は縦型です。


もちろん、数少ないですが横型もちゃんとあります。しかし、雪が積もると横型の方は信号機に積もってしまい、見づらくなるのでしょう。これが、雪国では縦型主流になる理由なんですね。毎日の生活で当たり前すぎて見落としている所ってたくさんありますよね。
一月最後の日曜日
2008年01月27日(日) 23:18
もうすぐ4年目突入!




 この間、新年を、迎えたかと思えば、もう月末。本当時の流れるのははやいもんです。ムルティプラも2月で4年目となります。こちらも「え〜、もう4年たつのかぁ」と思いますが、こんなに飽きずに乗れる車ってなかなかないです。いまだに新鮮味があり、次の車どうしようかな?と考える事は一度もありませんでした。
 ちなみに写真は、仕事の帰り道、とある美容室前にあった「それいけ、アンパンマン」の雪だるま。いい感じだったんで、信号待ちで写真をパチリ。


 毎日の雪かきで活躍をするヤマハの除雪機。昨年をトラブル続きでしたが、今年は比較的好調で助かっています。除雪機は我が家で通産2台目で、20年前から使っております。車庫前に除雪車が置いていった雪もパパッと片付けてくれるので、重宝しております。

スキーの練習です




 午前中、出かけており戻った昼から娘のスキーで練習に付き合いました。娘の通う小学校に行き、グラウンドに作られた雪山で練習。娘は今年初めてスキーというものをすべるため、まずスキーを履くことから悪戦苦闘。何とか山をよいしょ、よいしょと登っていきます。根性のない娘は、辛そうな顔してます。小山のてっぺんにつくと、何故か満面の笑顔に変化。うれしそうに滑り、転ぶと今度は泣き顔…。また起き上がりすべると笑み。滑り終わり、また山に登ると、冴えない辛そうな顔…。すべると、またまたニコニコ。転ぶと…本当に忙しいヤツですね。







スキー練習を終え、家に戻ると、友人の天ぷらやのインプが。昨日、義妹のPCのOSがクラッシュしてしまったようです。そこでPCにくわしい彼が呼ばれたというわけです。
 1月31日が誕生日の娘ですが、家族みんな揃っているので、今日お誕生日のお祝いも行いました。こちらも早いもんでもう7歳となります。
寒いし、雪降るし…
2008年01月24日(木) 22:54
この冬一番寒い一週間…




 今週は、一日中氷点下という「真冬日」の毎日。いつものように、朝ムルのエンジンを回すと、温度計がギョッとする数字を示しました。「-18℃」です。道北の方では-30℃という、この世のものとは思えない気温です。こうなるとどれだけ寒いのか、逆に行ってみたくなります。目下のムルの悩みは、なかなか車内を暖めてくれないヒーターでしょうか。




 職場の同僚のスマートのバッテリーが上がり、交換後、今度はドアが開かないというトラブルの話を聞きました。これは、リモコンキーの不調が原因だったようですが、この話の翌日、ムルのリモコンキーがウンともスンともいいません。どうやら、電池切れのようです。出勤途中のコンビニで電池を2個購入し、早速交換。すると何事もなかったようにスムーズに作動します。それにしても、フィアットのリモコンキーは、今時の車とは思えないほどデカく、正直邪魔くさいです。しかも、色がはがれて何だか格好悪いです。




 今日の天気予報は、北海道大荒れでした。朝職場の駐車場に停めた時には積もっていなかった雪ですが、帰りに駐車場に行くと…




 どうやら40cmは積もったようです。車を出そうとする、あえなくスタックしてしまいました。幸い、MTなので人の手を借りず無事脱出することができましたが、枝道は除雪も入っておらず、ガタガタ、ツルツル。
一段と白くなった札幌。心なしかいつもより雪明かりで明るく感じました。
長寿の県『福井』に行こう!(後編)
2008年01月15日(火) 21:32
曹洞宗大本山永平寺に

行こう!




 福井駅から、リムジンバスにゆられ、いよいよ曹洞宗の大本山永平寺に到着です。近づくにつれ、次第に車窓の風景が雪景色と変っていきます。
「禅の里永平寺にようこそ」という大きな看板の後、参道には様々な土産物店が立ち並びます。「名物永平寺そば」「胡麻豆腐」などなど。
そして、ようやく「正門(龍門)」の前に到着。バスを降りると、空気がきりりと引き締まり、不思議とその気に圧倒されます。



 石畳の参道を歩いて行くと、拝観受付のある「総門」の前に、78世貫主である宮崎奕保禅師の葬儀を知らせる看板が立っておりました。こういう時期ですので、日本各地からお坊さんたちが、永平寺に集まってきておりました。


いよいよ『一日参篭開始!』


 午後16時となり、総受所で受付と宿泊費を支払いました。ちなみに気になる料金は1泊2食で1万円でした。これは永平寺三世徹通禅師七百御遠忌記念の特別料金で、はっきりわかりませんが、通常8000円くらいだったと思います。今回はその分、記念品等がお土産として付けてくれました。あっ、ちなみにキティちゃんのハンカチタオルは、子供へのお土産で永平寺からもらった物ではありません。


受付と支払いが終わると、修行僧の方が、宿泊の部屋まで案内してくれました。宿泊と坐禅をする場所は、「吉祥閣」という一般を対象とした研修施設で、地下1階地上4階建となっております。ちなみに、この日の参篭は私1名でした。




 部屋はご覧の通り、清潔でちょっとした旅館みたいです。お坊さんが簡単にルールとタイムスケジュールを教えてくれました。
 まずは基本の「合掌」は両手を合わせ、指の先は自分の鼻の高さくらいまで上げます。また、両肘を張り、顔と手の空間は拳1つ分離します。普段歩く際には、左手は親指を中に入れ、右の手で包みます。また永平寺では『三黙道場』というのがあり、「僧堂(修行僧が坐禅や生活をする場)」・「浴室」・「東司(トイレの事です。)」では、一切の私語が禁止されております。
案内の僧侶から、この日の日程を伝えられます。まずは入浴・夕食をとった後、坐禅。その後ビデオを見て、夜9時には消灯となります。
 お坊さんの案内で地下の大浴場に行きました。そして浴室前に安置されている水で悟りを開いた「跋陀婆羅菩薩(バッタバラボサツ)」に合掌・一礼をします。
 お風呂は中央に180cm四方の湯船があり、三面の壁には5基ずつ15基のシャワーが設置されています。ついついシャワーの数や、何人入れるんだろ…とチェックしてしますのは、職業病の一種ですね。


 
 風呂から上がり、「跋陀婆羅菩薩」に合掌・一礼し、部屋に戻ります。すると夕食の精進料理が用意されました。実際の修行僧の食事は、朝「かゆ・漬物・ごま塩」、昼「ご飯・味噌汁・漬物・おかず(野菜の煮物、炒めもの)」
夕「ご飯・味噌汁・漬物・おかず2品」で、1日の摂取カロリーは成人男性に必要なカロリーの1/2である、1200カロリーだそうです。

 夕食を済ませると、いよいよ坐禅です。4階には坐禅の場となる「禅堂」で足の組み方、印の結び方、呼吸、警策の受け方などなど親切丁寧に教えていただけます。薄暗い禅堂で、音のない世界で鐘の音で開始します。次第に目を開けていても、何も見えてこない状況となってきます。「何分くらい経過したんだろ?」とぼーっと考えても時間の感覚がなくなっており、さっぱりわかりません。坐禅といえば、お坊さんが長い棒のようなものでバシッ!と叩かれるイメージがあります。これを「警策」というのですが、別に罰を与えている訳ではありません。坐禅を組む修行者を励ますために行うのです。ですから、もし睡魔が襲ったり、集中力が低下した時などは、坐禅しながら合掌すると、警策を受ける合図となります。

 とはいえ、正直背後にお坊さんが立つと、結構プレッシャーとなります。まさにゴルゴ13が「俺の背後に立つな!」と言う気分です。そもそもそんな子と考えている段階で集中できていない証拠ですがね。そうこうするうち、鐘が堂内に響き、坐禅終了。「足を崩して下さい。」と言われて、組んだ足を解くと、足が妙に冷たく、くるぶしからしたの感覚がまるでないことに気が付きます。「うわー、しびれてる!」でも不思議と心が落ち着いています。坐禅って気持ちいいです。

 この後、別の部屋に通され、永平寺の一年間をまとめたドキュメンタリービデオを鑑賞。それが終わると、この日の日程は終了となります。この時夜の20時。翌日は朝4時起床となっているので、部屋で書き物を少し行ってから、早めに布団に入りました。ちなみに東司には「烏芻沙摩明王(ウスサマミョウオウ)」がいて、必ず利用する際に合掌一礼、用を足して出てくる時に合掌一礼する事になっています。明かりを消し布団に入り。21時になると、静かに鐘の音が響きます。これが「開沈鈴」といいます。永平寺全体の消灯時間です。山の暗闇と静寂の中、染み入る様に響く鐘の音は不思議と感動的な気持ちになります。

 さすがに寝坊できないな、という緊張感のせいか夜中何度か目を覚ましますが、不思議とぐっすり寝れた感じです。ですからお坊さんに起される前に、すっと目が覚めました。当然まだ真っ暗ですが、すでに永平寺全体が目を覚まします。布団をたたんで片付け、洗面等を済ませると、まず朝の坐禅です。昨夜は禅堂の中での坐禅でしたが、違いは気を抜くと眠ってしまいそうになります。睡魔に襲われると「法界定印」で結んだ親指同士が、すーっと離れそうです。坐禅が終わると、次は「朝課」です。これは、僧侶が集まり読経をする朝のお勤めです。本来は「法堂(はっとう)」で行われるのですが、この日は、禅師様の葬儀の関係で、「仏殿」での「朝課」となります。前日お坊さんから「この朝課はとても寒いので是非暖かい格好でいらして下さい。」と忠告がありました。まさにそのい通りで、永平寺の回廊やお堂は壁が無い所などは、基本的に外と同じです。冬は11月になるとお堂などにむしろや透明のアクリル板などで雪囲いが施されます。が、寒いです。ただ、60名くらいの僧侶が集まり一斉に読経をするのを聞くと、何とも荘厳な感じを受け、「寒い」などと感じません。式中、私の横に介添えのお坊さんが付き、その指示に従い2度ほど焼香をします。



 「朝課」が終わると、お坊さんたちは、更に場所を移し、お勤めをしますが、これは非公開という事で、その間お坊さんが永平寺内を説明しながら案内してくれます。印象的なのは寺内の清潔さ。特に床はどこもピカピカ。年末にワックスかけたんだろうな、って思ってたんですが「この床はワックス等は一切使ってません。我々が365日何度も拭いているのできれいなんですよ。」と聞いてまたまたびっくり。坐禅だけでなく、日々の生活全てが悟りへの修行に結びついているということです。この写真は、修行僧が日々生活し坐禅などの修行をする「僧堂」前の廊下です。



 ここは、先ほど朝課を行った「仏殿」です。



 中雀門の四天王像です。最近2体の修復が終わり、現在残りの2体が京都の仏師の所で修復中です。かなりカラフルな色合いですが、これは最新の研究により創建当時の色彩がわかってきており、それを再現したということです。この門には「永平寺の修行はきびしいが、悟りの道を求める者のためにいつでも門は開け放っておこう」というような意味の言葉を掲げています。ちょっと無用心でもあるので、四天王が邪悪なものが寺内に侵入しないよう見張っているのです。また、この門から「仏殿」が見えますが、必ず僧侶は歩いていても仏殿の前で立ち止まり、合掌一礼をします。


 約200人の修行僧の食事を賄う場所が「大庫院」。ここでは9人の雲水で切り盛りしています。彼らは修行僧でありながら基本的に他の僧と違い、坐禅などを行わないそうです。これは、皆が寝静まった時に起き、食事の用意をし、その後、昼食・夕食の準備を行うためです。開祖道元禅師自身、食事を作る「典座(てんぞ)」という役割の重要性を説いております。
 ここには永平寺名物「大すりこぎ棒」が置いてあります。「すりこぎ棒」は自身の身を削って、人のために尽くすといった修行僧の心構えを示していると言われ、何ものにも染まらない黒色をしています。「触ると料理が上手くなる」といわれておりまして、私もしっかり触ってきました。ちなみにこの棒の正体は、すりこぎ棒ではなく仏殿を造る際に使用された、地ならし用の木材だったそうです。


 大庫院で食事が出来ると、この鐘が鳴らされます。ちょうど7時頃、これを鳴らす現場に居合わせ、音を聞くことが出来ました。




 部屋に戻って朝食の精進料理です。これも美味しく頂きました。食事が終わり、9時になると、「一日参篭」が終了となりました。荷物をまとめ、お礼を言い永平寺を後にします。今回多くの修行僧の方々にお世話頂きました。若い僧侶の方も、厳しい修行の成果でしょう、非常に落ち着いた物腰で、どの僧も凛とした表情が大変印象的でした。また機会があれば坐禅を組みに行きたくなりました。
 寺を出て、バス停に向かい、時刻表を確認します。現在の時刻は9時です。バスが来るのは…っと


10時40分です。

さすがに、この展開はもう慣れました。1時間40分待ちましょう、と缶コーヒーのホットを買い、待合室に座っていると、一人のおばあさんがやってきました。「おはようございます。」と挨拶を交わし、簡単な世間話をするうちに、一台のデイケアのバスが到着。このおばあさんは、これを待っていたようです。「それでは。」と挨拶をして、おばあさんを見送ろうとすると、「お兄ちゃん、このバスに乗ってけ。これわしら風呂は入りにいくバスなんだ。こんなとこで待ってても時間勿体ないわ。運転手に言って近くの駅まで送らせるから乗れ。」というありがたいお言葉。お言葉に甘えて乗車させて頂く事に。
バスの中では、そのおばあさん「あんた北海道かい。わしの親戚もいて、昔言ったことあるよ。北海道の歌も知ってるよ。」と「北国の春」を熱唱。さすが長寿の県、お元気です。初めて会ったこのおばあさん、「あんたともう、今生で会うことはないだろう。はじめの終わりじゃな」などさすが深みのある言葉を残してくれます。「京福線永平寺口」でバスを降り、福井駅に向かいました。

カツ丼といえば?




 福井駅に戻ってくると、さすがに多少の疲れと、頭痛を感じていました。丁度昼なので、食事をとって鎮痛剤でも飲もうと、向かった先は「ヨーロッパ軒総本店」です。この店、実は初日にも行ったのですが、その日は定休日で食べることが出来ませんでした。大正時代創業のこの店、初代の店主はドイツで修行し、この店を開いたそうです。で、代表メニューはヨーロッパ軒といえば「カツ丼」です。


 普通カツ丼といえば、卵でとじているカツがご飯の上に乗っているものですが、福井では、揚げたてのカツがご飯に乗っており、その上から、ウスターソースベースのたれがかかった丼です。ここではカツの厚さが8mmというこだわりで、サクサク感と肉汁とソースが絡まる丁度良い厚さなんだとか。味に方は文句なしです。翌日は土産物などを購入し、北海道に戻ってきました。普段忙しくて旅行に行く機会もなかったものですから、久しぶりにリフレッシュできたみたいです。また何とか時間とお金を作って旅に出たいもんです。
長寿の県『福井』に行こう!(前編)
2008年01月14日(月) 18:00
旅はいつも行き当たり

ばったり…


 1月8日(火)〜11日(金)の日程で、越前国(福井)に一人旅をしてきました。仕事柄、分刻みで追い立てられる修学旅行の反動なのか、本来がいい加減にできているせいなのか、わかりませんが、旅行に行く時は事前に全くと言っていいほど予定を立てずにいきます。まぁ幸い私は数ある言語の中でもとりわけ、「日本語」をしゃべる事が出来るので、行き当たりばったりで困る事はそうないでしょう。
 ところで、何故、福井なのかというと、日本史を教えている関係上、京都を中心に見ると、この「越前国(福井)」は、都への北の入り口として重要な地域だと考えているので、是非その地に立ってみたい。ただそれだけなんですが、商売上、見ないでしゃべるのと、見てしゃべるのとでは大違いです。

旅は出発前から波乱の予感

です。


 今回の旅のメインは、「永平寺」に一泊して、坐禅や雲水の生活を疑似体験させてくれる「一日参篭」でした。12月に申し込みを済ませましたが、老衰のため1月5日に永平寺七十八世貫首、宮崎奕保(えきほ)禅師が老衰で亡くなられたというニュースを聞きました。9日に永平寺に入る予定だったのでちょっと心配でした。8日の10時半に出発する予定でしたが、30分前に自宅に永平寺が電話が…。
「もしもし、永平寺です。誠に申し訳ないのですが、こちらの都合なんですが、禅師様が亡くなられたてこんでますので、よろしければ日程の変更は可能でしょうか?」
宿泊や航空機を押さえている関係上、30分前の変更はちょっと難しいことを告げると「ばたばたしていますが、よろしければ起こし下さい。」ということになりました。


お城のある街


 新千歳空港から、全日空の便で午後3時ころ小松空港に到着、バスで福井駅まで1時間10分。夕方に福井駅前に着きましたが、天気は雨…。どうも出かけると降るみたいです。



 福井市内は札幌のような碁盤目状でわかり易い町並みではなく、方向音痴の私にとっては「?」。旅行に行くと、まずその日は、とにかくホテル周辺を歩き回り、街の位置関係を把握するところから始まります。北海道と本州の違いは、道路の広さ、住宅の屋根、そしてお城の有無ですかね。もちろん北海道にも松前城などありますが、一般的なものではありません。福井城は残念ながら、当時の天守閣などは失われれていますが、堂々とした当時から石垣が往時の姿を予想させます。ちなみに、石垣の上には現在県庁があります。北海道の人間からしてみると、古い建物の上に、現在の建物が建っているのは、何だか不思議な感じです。


 ちなみに、この人物は福井城を建造した、越前藩主結城秀康。あの徳川家康の次男でしたが、激しい気性の秀康に手を余した家康は、豊臣秀吉の養子に出してしまったというエピソードの人物です。さらに秀吉も秀康を恐れ小国結城家に養子にしてしまったそうです。ですからさぞ不遇な人生を送った人物なのでしょう。最近ではPS2のゲーム「新鬼武者」の主人公にもなっている人物です。また最後は梅毒により病死ということになっておりますが、弟の2代将軍である秀忠に毒殺された可能性もあるそうです。激しい気性のわりに、肖像画の彼は、困った顔しているのが、印象的です。

こちらは織田軍団の切り込み

隊長鬼柴田だ!



 翌9日、戦国大名朝倉氏の城下町の遺跡である一乗谷に行く為、9時前にバス停へ。するとバスは10時ということで、1時間待ちとなってしまいました。駅前に「柴田公園」という史跡があるらしいんで、散歩がてらに行くと、商店街の外れにありました。織田信長の配下の武将柴田勝家は、ここ越前に居城北の庄城を築いていました。しかし秀吉と争い敗れ、勝家が自刃した後、この城は跡形もなくなくなりました。なんでも福井城を築造する際、結城秀康が、北の庄城の石垣等を再利用したそうです。発掘調査でこの城の遺構が発見され、その上に柴田神社、柴田公園が造られたそうです。





 柴田勝家の像の裏側には、彼の奥方で落城の際ともに自刃したお市の方の像も。信長の妹で近江の大名浅井長政に嫁ぐが、長政が信長に倒された後、勝家と再婚しおります。お市は当時絶世の美女と評判で、勝家と秀吉は彼女をめぐる恋のライバルだったみたいです。


一乗谷遺跡に行こう!


 10時にようやく一乗谷への路線バスが到着し、乗り込むと乗客は私一人。一番前の座席に座り、運転手さんに、到着時間や、バス料金、北海道から来た事を告げると、人のよさそうな運転手さんで、道中ずーっと、運転しながら観光案内や世間話をしてくれました。路線バスが突如ガイド付き観光タクシーになった感じです。これはとてもラッキーです。天気も昨日の雨がウソのように快晴で、日差しが暖かいです。運転手さんに丁重にお礼を言いバスを降りました。今日はいい日だなと思ったのですが…


 ここ一乗谷は戦国大名朝倉孝景の居城(館)と、城下町の史跡です。朝倉氏は室町時代の守護大名をルーツにもつ、戦国大名の中でも家柄のよい大名でした。彼を頼って後の室町幕府最後の将軍足利義昭や、当時浪人だった明智光秀らもこの地に滞在していたようです。山側に朝倉館や庭が造られ、谷の部分に家臣や職人などを集住させ、城下町を形成していたようです。さすがに福井市内にくらべ、一乗谷は山あいのせいか、雪も多くなり、気温もぐっと下がってきております。雪を漕いで山を登って行くと、「クマ出没」の立て看板がちらほら…。その中にひっそりと孝景公の墓所がありました。また当時、近江の浅井と組んで信長を一時は窮地に追い込みますが、あえなく破れ討ち死にした5代の義景公の墓所もあり、400年以上も雪深い山に静かに眠っているようです。


 山を下りて、谷の部分へ。ここに、400年以上前に、沢山の人が集まり繁栄した町があったようです。その往時の姿を再現するため、200mばかりですが、町並みを当時のまま復元をしております。(入場210円也)まるでそこを歩くと室町時代にタイムスリップしたようです。この日は私以外誰もおらず、じっくりと見学することができました。復元したものの、現在の消火栓や保安機材、非常口の表示等がどこか雰囲気を壊しており残念。法律上必要なものかもしれませんが、何かいい方法はないのでしょうかね。


 一乗谷を見学し終えると、時計は11時30分頃。この日永平寺には、4時に入るため、最悪3時ころの福井発のバスに乗らなければなりません。予定では13時30分福井発−永平寺行のバスに乗るつもりでした。
バス停に行き時間を確認します。

確認します…

確認…

…何てこったい!福井行きのバスは13時07分です。

1時間40分も、何もない雪の中にポツンと立っていろというのかい。
福井は観光地が点在しており、交通アクセスはどうもしっくりきません。どうやらレンタカーでの移動が懸命なようです。
 さあどうするか。ただつっ立っていても仕方がありません。とりあえず、歩きましょう。ということで、バス路線を逆にあるいて戻りました。するとどうでしょう。気温がどんどん下がって行き、山の霧は次第に、雨に変り、5kmくらい歩いた段階で、土砂降りになりました。
午前中の快晴は何だったのでしょう。でも、まぁ、何とかなるでしょう。

ラッキー小屋付きバス停

発見!


 結局雨の中、7〜8km歩いた段階で別路線のバス停を発見!しかも、小屋付きだし、福井駅への便数も豊富、さらに向かいにはローソンが!ローソンで昼食と暖かい缶コーヒーを購入。小屋でゆっくりバスでも待ちましょう。
まぁ、何とかなるもんです。バスに下りると丁度永平寺行きの直通バスが停車中。ドンピシャのタイミングで乗ることが出来ました!(後編につづく)
絶対買えませんが、いいですか…
2008年01月07日(月) 20:33
マルチパフォーマンス・スーパーカーって何だい?



 東京モーターショーで「ニッサンGT−R」が衝撃デビューをし、今時期各雑誌で特集記事を目にする機会があります。私は別段、日産ファンでもなければ、スカイライン党でもありません。ただ日産いわく今回の「GT−R」は「マルチパフォーマンス・スーパーカー」と表現しているため、「スーパーカーブーム」の洗礼を受けた世代としては無視できない車です。もちろん試乗など出来ませんので、走りに関してはおそらく「とてつもなく良い」でしょう。ですのでここでは触れません。

 まず日本のスーパーカーといえば「トヨタ2000GT」「童夢 零」そして「ホンダNSX」といったところでしょう。そして今回の「ニッサンGT−R」。もっともライバルのポルシェやフェラーリ、ランボは自分らの車を「スーパーカー」と呼ぶかは知りませんが。


 5日(土)、仕事の帰り通りかかった日産のショールームに1台の白いスーパーカーがあるではないですか。思わず立ち寄ってしまいました。
お店に入ると営業さんがにこやかに出迎えてくれ、私は「すみません、絶対に買えませんがGT−R見せてもらってもいいでしょうか?」と控え目に尋ねた。相手は何といっても「スーパーカー様」です。これくらいの礼儀は必要でしょう。しかし営業さんは、ニコニコしながら「はい、どうぞ。あちら奥にございますので、御自由にどうぞ。是非ドアを開けて中に座って見て下さい!」

何て腰の低いスーパーカーなんだ!


 ここからは私の妄想なのですが、例えば、フェラーリのショールームに、私がふらっと立ち寄るとする。私の風体からしても、このショールームの客層からあきらかに異質だというのは、営業氏にもわかるはずだ。で、このショールームにあの「ENZO」が鎮座しており、私がにわかに近寄り勝手にドアなどを開け、シートに身を預けようものなら、その瞬間、営業氏がさっと側に来て「お客さん、困ります。」と私を一喝するに違いありません。「スーパーカー様」とは、庶民の私めが触れる事も許さないほど、神々しいものだと考えております。

 何故、私が「スーパーカー」に対してここまで卑屈なのかというと、やはり少年時代に「スーパーカーブーム」の洗礼を受けたからなのでしょう。同年代の車好きな方には理解して貰えるのではないでしょうか。

 まだ輸入車を「外車」と呼びお金持ちの象徴であった今から30年は昔の話です。うちの近所の中小スーパーマーケットの駐車場で「スーパーカーショー」というイベントが行われました。北海道の田舎町ではスーパーカーはおろか「外車」ですら走っておらず、雑誌意外でその姿を見る事は不可能でした。その憧れのスーパーカーを人目でも見たくて当時、小学生だった私は、親にねだってチケットを買ってもらったものです。当日スーパーの駐車場はブルーシートで周囲に幕をつくり、「金を払わ奴には見せん!」というスタイルでした。「ポルシェ930ターボ(当時は911ではなく型式の930と呼びました)」「フェラーリ512BB」「ランボルギーニカウンタックLP400」「ロータスヨーロッパ(某漫画のせいで、当時はポルシェターボより速いと真剣に思ってました)」は「スーパーカー様」の称号は妥当ですが、ショーでは今となれば「これスーパーカー?だったらうちのムルもある意味そうだろう」と突っ込みたくなる車も展示しておりました。当時の写真を見ると「フィアットX1/9」とか「ポンティアック ファイアーバード トランザム」「ジャガーXJ6」などなど…。

 話は大幅にそれてしまいましたがそれ位のオーラが、この「GT−R」にあるかどうかで、「スーパーカー」かどうかが決まるのではないでしょうか。気軽に展示し、触れさせてもらえて嬉しい半面、もっと偉そうでなければならないと思ったりします。



 リアはお約束の丸テールランプです。「スカイラインは丸でなきゃ!」という愛好家たちが多いのではないでしょうか。知ったかぶりの少年などは「スカイラインは初代からずーっと丸いんだぜ!」と彼女にウンチクを語る場面に出くわした事がありますが、大きな誤解です。だから「35スカイライン」が出た時には「おぉ、丸テールランプ止めてる。頑張ったぞぉ!」と個人的に称賛した反面「こりゃ売れないだろうな…きっとマイチェンで丸くなるぞぉ」といらぬ心配までしたものです。今回「スカイライン」の看板降ろしたんだから、丸くしなくても良かったんですがね。


 「GT−R」が「スーパーカー様な部分としては、この純正のホイールとタイヤ以外装着不可な所でしょうか。しかもこれが、えらいびっくり価格というのもいい感じです。あたかもワガママな女優が「私は○◎△の靴しか履かなくてよ!」みたいな感じです。日産にしてみたら、今までのGT−Rのように、この車を街のチューナーに改造されることを拒みたいんでしょうね。



 今回一番のがっかりは、内装の質感です。常日頃思うのはプラスチック丸出しの、メタル調パネルの多用により、えらい安い車に乗ってる感じがします。340km/hまで刻まれた速度計など嬉しいですが、内装のセンスとう点では海外のメーカーにまだ及ばないと思います。






 で、次に気になるのは「GT−R」バッジ。
フロントグリルに「GT−R」、リアに「GT−R」。サイドに回ってフロントのサイドエアインテークに「GT−R」×2。ドアを開けるとサイドシルに「GT−R」×2、ステアリングに大きく「GT−R」。「GT−R」のインフレって感じです。もう少しさり気なく配しても良かったんじゃないかと。ちょっとこれ見よがしすぎて残念。

 全体的にケチつけちゃいましたが、全体から「どうだすごいだろ」っ的なオーラと「いいひと」なオーラの両方が見えます。これが日産のいう所の「マルチパフォーマンス・スーパーカー」ということなのでしょう。PS3すら買えないため、しばらくGT−Rの走りを堪能することはできませんが、走らせたら、細かいことなんぞはどうでもいいぜ!的な気持ちになるんでしょうね。是非、大人の方々に乗ってもらいたいです。
正月あけて…
2008年01月04日(金) 17:24
正月があけて…



 正月あけて4日、職場に行き軽く仕事。仕事の関係で近くのホームセンターに立ち寄りました。駐車場でとなりに停まった、黒いスズキエブリィワゴンの運転手さんが、ムルを発見し「これどこの車ですか?」と話しかけてきました。国産車が好みではなく、仕事でも使え、人が乗っていない車が好きだという彼にはムルが突き刺さったようです。フィアットといえばパンダは知っているが、この車は知らないということでしたが、新車のムル(在庫まだある?)は普通の顔になっているのでこの顔なら中古車しかないことを告げるとちょっとがっかりした様子でした。是非中古で前期ムルを探し出して乗ってもらいたいものです。その際には是非御一報下さい(どうやって?)。

リサとガスパール&ペネロペ展に行こう!




 札幌駅前の百貨店「大丸札幌店」で嫁さんと娘と合流し、「リサとガスパール&ペネロペ展」に行って来ました。ゲオルグ・ハンスレーベンとアングッドマン夫妻の絵本「リサ・ガス」「ペネロペ」シリーズは我が家でも人気です。いたずら好きなリサとガスパールのおかしな行動を見ると「子供ってこうだようね!」とつい笑っちゃいます。この絵本の原画を展示しているのでなかなか興味深いものでした。



 「リサ・ガス」シリーズ誕生秘話なども展示されており、子供じゃなくても楽しめる内容です。展示を出ると、お約束のグッズのショップが。
ぬいぐるみやら何やらがどっさり!


娘はペネロペのぬいぐるみ、嫁さんはリサガスの限定ハンカチ、私はブックマークを購入。このブックマーク、実は…





この部分には何とチンクチェントが!だからどうした、といわれればそれまでですが…。
あけましておめでとうございます
2008年01月01日(火) 01:11
仕事納めの後

 28日仕事が終わったのが、夜6時過ぎ。まだまだ仕事が片付いていない状況ですが、とりあえず納まったことにしておきましょう。



 翌29日、PRESSの忘年会に参加するため小樽へ。先日まで寒い寒い毎日だったのが、突然春のような気温に!朝は雪が降っていたのに、昼には雪が雨に…。道路がじゃぶじゃぶです。この日は自分・嫁さんとも飲むため、この日小樽に泊まることに。まぁ娘がどこかに泊まりたい!と常日頃言ってましたんで、丁度いい機会でしたので。宿泊場所は運河通り近くの「ヴィブラント オタル」という旧拓殖銀行の建物を利用したホテルです。このホテル以前は「ワンツースリーオタル」という恥ずかしい名前だったのを改名したみたいです。このホテル、勝手に来て、勝手に泊まって、勝手に帰れといった構われなさすぎが居心地良かったです。


 ホテルを出て、運河通りのお店を覗きながら、観光客気分でぶらぶら時間をつぶしてました。それにしても、アジアンな方々の多い事、多い事。


PRESS CAFEへ



 夜7時から忘年会開始。今回は裏メニューと称して、メニューにない、まかない料理を中心とした料理ずらり。どれもこれも美味しかったです。店内が暗かったため、写真がないのをご了承ください。ただ、子供もいた為、9時頃にマスターに挨拶してお暇させて頂きました。本当はまだ料理が出るのですが仕方ありません。


 翌日、帰り道、ショッピングセンター「ウイングベイ・オタル」に寄りました。そこに自動車雑貨を扱う店が、新しく出来たみたいです。スマートのペダルカーを発見。他にも、フェラーリ、ポルシェ、フェラーリF1のペダルカーありました。あ、このスマート37500円です。念のため、ウチの職場のスマート乗りの人に教えてあげようとメールしました。

A HAPPY NEW YEAR!




 忙しくて、実は年賀状作っておらず、ようやく今日取り掛かりました。まだ印刷もしてません。ネズミ年なんで、「ハツカネズミ」の異名をもつ「チンクチェント」をパソコンで描いてみました。
 昨年は、DTIのブログに引っ越してきて、毎回毎回どうでもいい話をつらつら書き綴っておりました。車生活の雑記帳的な内容ですが、いろいろな方からコメント頂き感謝しております。以前の愛車ウーノターボの行方を教えて下さった方もいまして本当にありがたかったです。このどうでもいいブログですが、今年もよろしくお願いします。

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